シャボン玉のように、すぐにできるものは、たいていすぐに消えてしまう。
一瞬で形になり、一瞬で注目を集める。見た目は美しく、達成感もある。でも、ほんの少し風が吹いただけで割れてしまう。その儚さは、構造の弱さそのものだ。
今の時代は、スピードが正義になりがちだ。早く結果を出すこと、効率よく形にすること、短期間で評価されること。確かにそれらは魅力的だし、否定するものでもない。ただ、そこに頼り切ってしまうと、土台が育たないまま大きくなってしまう。
ゆっくりでもいい。遠回りでもいい。確実に揺らがない状態をつくることのほうが、ずっと大切だと思う。
時間をかけて積み上げたものには、失敗が含まれている。思い通りにいかなかった経験や、立ち止まった時間、修正した痕跡が残っている。それらは一見、無駄に見えるかもしれない。でも実際は、その一つ一つが厚みになり、簡単には壊れない構造をつくっている。
ゆっくり進む過程では、自分で考える力が育つ。何がうまくいかなかったのか、どうすれば次は崩れないのか。その積み重ねが、判断軸になる。だから環境が変わっても、状況が揺れても、致命的に崩れにくい。
実用的な視点で見ても、この考え方は強い。なぜなら再現性があるからだ。もう一度同じことをやってみようと言われたとき、偶然ではなく、経験と構造で対応できる。仕事でも、人間関係でも、技術でも、これは大きな差になる。
もちろん、シャボン玉のような経験が無意味だと言いたいわけではない。一瞬で消えるからこそ、何が脆かったのかが見える。試して、壊れて、学ぶ。そのための実験としてなら、十分に価値がある。
ただ、そこに居続けないことが大切だ。
派手さより耐久性を選ぶ。
スピードより構造を選ぶ。
結果より、揺らがない状態をつくる。
この姿勢は地味だし、すぐには評価されにくい。でも、時間が経つほどに効いてくる。続ける人にとって、最後に一番強くなるのは、こういう考え方なのだと思う。
