モラルの話をすると、多くの人はこう言う。
悪気はなかった。
そんなつもりじゃなかった。
確かに、悪意のある人は分かりやすい。
けれど本当に厄介なのは、何もしていないと思っている人だ。
奪っているという感覚すらないまま、
ただ日常を過ごしている人がいる。
時間を守らない。
人を待たせる。
相手の集中や段取りを止める。
一つひとつは小さなことに見える。
一回だけなら問題にならない。
誰かが強く怒るほどでもない。
けれど、その積み重ねは確実に相手の人生を削っている。
削られているのは、お金でも物でもない。
二度と戻らない時間だ。
それでも本人は気づかない。
奪っているという自覚がないからだ。

自分はただ、そこにいただけ。
少し遅れただけ。
少し甘えただけ。
そう思いながら、
相手が差し出したものを当然のように受け取っていく。
気づいていないテイカーは、
自分をテイカーだとは思わない。
だから反省も、修正も起きない。
かく言う私も過去には上に書いた状態だったこともある。もしかしたら、今もそういう時もあるかも知れない。しかし、出来る限りそのような状態にならないように心掛けている。
話が逸れたが、ギバーは違う。
与えているかどうかより、
奪っていないかを考える。
自分の都合が、
誰かの時間を壊していないか。
誰かの人生を削っていないか。
モラルとは、ルールを守ることではない。
見えない損失を想像できる力だ。
奪う側に立つ可能性が、
自分にもあると疑えるか。
その問いを持った瞬間、
人はもう無自覚なテイカーではいられなくなる。
昨日も時間の話を書きました。
