「腐った木には彫刻は出来ない。
腐った土は壁に塗れない。
それと同じように、人間として堕落している者には教育出来ない。
寝ているようじゃ、私はもう怒る気にもなれないよ」
この言葉を聞いたとき、正直ドキッとした。
厳しい。でも、どこか優しい。
技術の世界でも、人の世界でも同じだと思う。
どれだけ腕のいい職人でも、芯まで腐った木からは美しい彫刻を生み出せない。
どれだけ優れた左官でも、腐った土では壁は持たない。
材料がダメなら、技も理論も意味をなさない。
人も同じ。
知識を与える前に、技術を教える前に、
そもそも「受け取る姿勢」がなければ何も入らない。
ここで言う「堕落」とは、悪いことをしている人の話じゃない。
本当に怖いのは、考えることをやめている状態。
努力を放棄し、成長する気もなく、ただ流されている状態。
寝ているような人に、どれだけ大きな声で怒っても意味がない。
相手が起きていないからだ。
だからこの言葉の一番怖いところは、
「怒られなくなった時」かもしれない。
怒られるうちは、まだ期待されている。
まだ可能性があると思われている。
でも、怒る気にもならないというのは、
もうその人を材料として見ていないということ。
これは教育の話だけじゃない。
仕事も、人間関係も、人生そのものも同じだと思う。
環境のせいにする前に、誰かのせいにする前に、
自分はちゃんと「彫れる木」なのか。
「壁に塗れる土」なのか。
完璧じゃなくていい。
未熟でもいい。
でも、腐ってはいけない。
起きているか。
考えているか。
挑戦する気があるか。
その一点だけは、常に自分に問い続けたい。