投稿者: sayson

  • 吉本拓志、中学バスケ全国大会、最後の延長戦

    悔しい。まずそれが正直な気持ちです。

    記事

    ゴッドドアは延長までもつれ込む接戦を戦い抜いた。それだけで、この試合がどれほど拮抗していたかは十分伝わってきます。ニュースサイトの試合レポートを見ても、最後まで勝敗がどちらに転ぶかわからない展開だったこと、両チームが一歩も引かずにぶつかり合っていたことが強調されていました。

    延長に入った瞬間、体力も集中力も限界に近いはずです。その中でゴッドドアは、簡単なプレーを選ばず、いつも通りのバスケを貫こうとしていたように感じました。無理に時間を使うわけでもなく、逃げるわけでもない。その姿勢は、結果以上にチームの強さを物語っていると思います。

    ただ、勝負の世界は残酷で、ほんの一つのリバウンド、一本のシュート、ワンプレーの判断が流れを変えてしまう。ニュースでも指摘されていたように、延長戦では相手の方が一瞬だけギアを上げることができた。その差が、スコアとして表れてしまった。そこに運や流れも重なったのでしょう。

    負けは負けです。けれど、この試合は「力負け」ではない。むしろ、ゴッドドアが確実に積み上げてきたものがあるからこそ、延長まで戦えた。チームとしての成熟や、一人ひとりの役割意識が、画面越しでもはっきり伝わる試合でした。

    応援する側としてはつらいですが、同時に次が楽しみになる負けでもあります。こういう試合を経験したチームは、確実に一段強くなる。ゴッドドアは、また必ずやってくれる。そう信じさせてくれる延長戦でした。

    推しの吉本拓志に関しては、今年から高校生。こういう場面はもっと増える。強度も、時間も、プレッシャーも全部上がる。

    自分の課題を見つけ、乗り越えれる選手だと思っている。これからも応援してます。

  • ゴッドドア

    ゴッドドア

    https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/5f1ae990658b71b2e8b6a5021ccf8b85d5de825a

    今日のゴッドドアの試合を見て、

    昨年よりも、全員が成長したな、チームワークが良くなったな、と強く感じた。

    誰か一人のための試合じゃない

    目立つ場面だけを取りに行く選手はいなかったし、無理に主役になろうとする空気もなかった。

    全員が同じ方向を向いて、それぞれの役割を理解したうえで動いている。

    そんなチーム一丸の戦い方だったと思う。

    その中でも、やっぱり目に留まったのが吉本拓志。

    普段は本当に無口で、感情を表に出すタイプじゃない。

    静かで淡々としていて、正直、何を考えているか分からない時もある。

    でも試合が始まった瞬間、完全に別人になる。

    声を出す。

    体を張る。

    流れが悪い時ほど動く。

    自分が目立つためじゃない。

    チームのリズムを崩さないために、必要な場所に立つ。

    その判断が一貫していて、見ていて安心感がある。

    派手なパフォーマンスはないけど、

    ああ、この人がいるからチームがまとまるんだな

    と自然に思わせてくれる存在。

    独りよがりにならず、感情に飲み込まれず、淡々と、

    それでも熱は確実に内側に持っている。

    その熱が、試合になると一気に表に出てくる。

    今日の試合は、ゴッドドアというチームの強さと、

    その中心にいる選手たちの姿勢がよく分かる内容だった。

    勝ったこと以上に、

    このチーム、ちゃんと一人一人が役割を考えて一緒に戦ってるな

    そう思えた試合。

    そして改めて思う。

    やっぱりタクちゃん、推せるわ。

  • 「最後に必ず手が伸びる理由。」

    「最後に必ず手が伸びる理由。」

    なぜマクドナルドのアップルパイは記憶に残るのか?

    マクドナルドのアップルパイへの愛は、たぶん理屈じゃない。

    ハンバーガーを食べに行ったはずなのに、最後に手が伸びてしまう。

    もうお腹はそこそこ満たされているのに、なぜか「アップルパイは別腹」になる。

    これはもう食欲というより、条件反射に近い。

    まず外側。

    あのザクッというより、ガリッに近い歯応え。

    パイという名前だけど、実態は揚げ物。

    バター感よりも油の力技で押してくる感じが、逆に潔い。

    スイーツなのに、どこかジャンクフードの顔をしているのがいい。

    中身はとにかく熱い。

    初見殺しレベルで熱い。

    分かっているのに、ついすぐかじってしまう。

    舌をやられて、ちょっと後悔して、それでもまた食べる。

    この一連の流れまで含めて、アップルパイの体験なんだと思う。

    リンゴのフィリングも絶妙だ。

    果物感はあるけど、フレッシュすぎない。

    シナモンは主張しすぎず、でも確実に存在している。

    家庭のアップルパイとも、洋菓子店のアップルパイとも違う。

    あれは「マクドナルドのアップルパイ」という独立したジャンル。

    そして何より、いつ食べても裏切らない。

    学生の頃に食べた味と、大人になってから食べる味が、ちゃんと同じ。

    場所が違っても、時間が違っても、同じ体験ができる。

    これは実はすごいことで、工業製品としての完成度が異常に高い。

    たぶんマクドナルドは、アップルパイを主役だとは思っていない。

    でも、主役を引き立てる脇役としては完璧すぎる。

    映画で言えば、主演じゃないのに記憶に残る名脇役。

    ハンバーガーで満たされた胃袋に、

    「もうひと押し、幸せを足していきませんか?」

    と静かに差し出される存在。

    派手ではない。

    健康的でもない。

    でも、確実に人の記憶と感情に残る。

    それが、マクドナルドのアップルパイ愛の正体だと思う。

  • シャボン玉のような成功を、手放す勇気

    シャボン玉のような成功を、手放す勇気

    シャボン玉のように、すぐにできるものは、たいていすぐに消えてしまう。

    一瞬で形になり、一瞬で注目を集める。見た目は美しく、達成感もある。でも、ほんの少し風が吹いただけで割れてしまう。その儚さは、構造の弱さそのものだ。

    今の時代は、スピードが正義になりがちだ。早く結果を出すこと、効率よく形にすること、短期間で評価されること。確かにそれらは魅力的だし、否定するものでもない。ただ、そこに頼り切ってしまうと、土台が育たないまま大きくなってしまう。

    ゆっくりでもいい。遠回りでもいい。確実に揺らがない状態をつくることのほうが、ずっと大切だと思う。

    時間をかけて積み上げたものには、失敗が含まれている。思い通りにいかなかった経験や、立ち止まった時間、修正した痕跡が残っている。それらは一見、無駄に見えるかもしれない。でも実際は、その一つ一つが厚みになり、簡単には壊れない構造をつくっている。

    ゆっくり進む過程では、自分で考える力が育つ。何がうまくいかなかったのか、どうすれば次は崩れないのか。その積み重ねが、判断軸になる。だから環境が変わっても、状況が揺れても、致命的に崩れにくい。

    実用的な視点で見ても、この考え方は強い。なぜなら再現性があるからだ。もう一度同じことをやってみようと言われたとき、偶然ではなく、経験と構造で対応できる。仕事でも、人間関係でも、技術でも、これは大きな差になる。

    もちろん、シャボン玉のような経験が無意味だと言いたいわけではない。一瞬で消えるからこそ、何が脆かったのかが見える。試して、壊れて、学ぶ。そのための実験としてなら、十分に価値がある。

    ただ、そこに居続けないことが大切だ。

    派手さより耐久性を選ぶ。

    スピードより構造を選ぶ。

    結果より、揺らがない状態をつくる。

    この姿勢は地味だし、すぐには評価されにくい。でも、時間が経つほどに効いてくる。続ける人にとって、最後に一番強くなるのは、こういう考え方なのだと思う。

  • 病は気からなのか 体が先なのか

    この前、お医者さんと話をしていて、ちょっと面白いやり取りがあった。

    僕は昔から、病は気からやと思っていると話した。

    するとその人は、体の不調が先に起こって、そこから気持ちや精神的な問題が出てくることも多いんですよ、と言った。

    どっちが正しいんやろう。

    その場では答えは出なかったけど、家に帰ってからずっと考えていた。

    結論から言うと、どっちも正しい。

    そして、どっちかだけが正解という話ではない。

    体が先に崩れて、心がついていかなくなることは確かにある。

    寝不足が続けば気分は落ちるし、肩や首がガチガチなら思考もネガティブになる。

    腸内環境が乱れると、不安感が増すという話も、今では普通に知られている。

    これは医学的にもかなり裏付けがある話で、

    体の状態がメンタルに影響するのは、もはや否定しようがない。

    一方で、心が先に疲れて、体に症状が出るケースも山ほどある。

    我慢し続ける生き方、無理を飲み込むクセ、常に緊張した思考。

    そういう状態が長く続けば、自律神経は乱れ、血流は悪くなり、免疫も落ちる。

    結果として、胃腸や皮膚、頭痛や腰痛として表に出る。

    検査では異常なし。でもしんどい。

    そういう症状の多くは、ここに当てはまる。

    結局のところ、心と体は別々に存在していない。

    同じシステムを、別の角度から見ているだけだと思う。

    脳も神経もホルモンも免疫も、全部一本の線でつながっている。

    どこから壊れても、全体に影響が出る。

    だから、病は気からも正しいし、体の不調が先というのも正しい。

    大事なのは、どっちが原因かを決めつけることじゃない。

    今の自分は、どこから整えると一番ラクになるのか。

    そこを見ることの方が、よっぽど現実的やと思う。

    気合や考え方でどうにもならない時は、まず体を疑えばいい。

    睡眠、食事、血流、呼吸。

    ここを整えるだけで、驚くほど気分が変わることがある。

    逆に、体はそこそこ整っているのに、ずっとしんどいなら、

    生き方や思考のクセ、我慢の量を見直した方がいい。

    僕が病は気からやと思っているのは、

    気合で治せという意味じゃない。

    自分の内側の状態は、必ず体に現れるという感覚に近い。

    心と体は原因と結果じゃなく、同時進行で動く相棒みたいなもの。

    どっちが悪いかを探すより、

    どこから手を入れると流れが変わるか。

    その視点を持っているだけで、

    不調との付き合い方は、だいぶ変わる気がしている。

    さいそん

  • 2026

    2026

    あけましておめでとうございます

    2026年がはじまりました

    このブログのタイトルは

    生きることは壮大な人体実験

    年始にあらためて この言葉がしっくりきています

    昨年もたくさんのご縁と出来事に支えられて ここまで来ることができました。

    関わってくれたすべての方に 心から感謝しています。

    振り返ると

    うまくいった実験もあれば

    盛大に外した検証もありました。

    効いたものも 副作用が強かったものも すべて含めて 今の自分の血肉です

    人生に完成された正解はなくて

    説明書も用意されていない

    やってみて 失敗して 体感して 初めて分かる

    まさに人体実験そのものだな。と感じています

    2026年は

    もっとシンプルに

    もっと本質的に

    考えすぎる前に手を動かす

    安全圏より実験場

    机上の空論より実測値

    失敗しても死なない程度に

    うまくいったら再現性を探す

    ダメなら素直にログに残す

    そんな姿勢で 今年も進んでいきます。

    遊び心は忘れず、でも実用性は最優先

    面白いと思ったことを、ちゃんと形にする

    それを地味に積み重ねる一年にします

    このブログは

    人生という人体実験の記録帳であり

    思考の作業台であり

    ときどき自分への注意書きでもあります

    今年も 自分の人生を使って

    引き続き 実験を続けていきます

    本年もどうぞよろしくお願いします

    皆さまにとっても 実り多く 健やかな一年になりますように

    さいそん。